続・元旦、町ナカ空き物件散歩

更新日:1月26日

年明け1本目のブログでご紹介した、町八町で「空き物件」「賃貸」看板が出ている物件の数々↓

「元旦、町ナカ空き物件散歩」


今回はその続編。八町のうち残り四町と、そこで見つけた空き物件・賃貸物件を町の特徴と共にご紹介していきたいと思います。



「霧」にまかれる飲み屋街!?「横町」

17世紀初頭から町割りや町名がほぼ変わっていない臼杵の町八町。横町も同じくその時代から名前が変わっていません。

前回ご紹介した浜町同様、横町もお魚を扱うお店の多い町でした。また浜町の小手川酒造に対し、横町にあるのが同じく臼杵を代表する酒蔵、久家本店。酒蔵とサカナが揃った町とあって、現在でも飲み屋街となっています。

十文字の横町エリア

先日臼杵でも震度5弱の地震があり、心配でまず見に行ったのが横町にあるビル壁面のタイル画↓

以前はスナックの入っていたビル

昭和の頃は、こんな華やかなお姉ちゃんにおいさん達が胸躍りながら会いに行ってたのでしょう。

このビルは現在焼き鳥屋さん。その向かいには焼肉屋さんがあり、歓送迎会などの時期はこの2店舗は物凄い量の煙をモクモクと出し合って、通りの先が全然見通せないほど。

「いい匂いの霧のロンドン」という感じです。


さて、このような町ですから、現在の空き店舗もスナック系が多い状況。

写真右がテナントを募集しているビルです。

青い自転車の手前にタイル画のビルがある

1階も2階も空いているようで、スナックにこだわらずリフォームして小売り系や事務所としてもいいかもしれません。

ちなみに飲食店も数軒ある横町。ランチや夜ご飯にも困りませんよ。


その昔は「横浜」だった臼杵のハイストリート「本町」

中央通り商店街(通称:八町大路)は、現在本町と畳屋町からなっています。

飲食店、理容店、呉服屋、薬局、味噌醤油屋、眼鏡屋など多数の店舗から成る本町

現存する「鑰屋」が1600年代初頭に同じ場所で商売を始めたことから、この本町はやはり商人の町だったのですが、当時は「横浜町」と呼ばれていたそうです。1606年の記録あたりから横浜町に代わって本町という町名が出てきたそうなので(*1)、かれこれ400年以上も名前が変わっていない町なのです。


昭和の頃と比較するとかなりシャッター店舗が目立ってきましたが、それでも最近は新規オープンのお店も増え、店長さんやオーナーさんが移住者だったりし、これまでの臼杵のお店とは違った雰囲気で町を盛り上げています。とにかく臼杵の人には分かりやすく、市外の人にも説明しやすい場所なので、出店するには良い町なのです。


ちなみに私の店の説明は

「奥津医院の隣の通りに『満寿屋』という看板があって、そこを入ってすぐの古民家(←古民家いっぱい)」

という風に市外の人には特に困難を極めるので「グーグルマップで検索してお越しいただけますか?」というのが精いっぱい。それに比べたら本町は本当に分かりやすい。


そんな本町で現在看板が出ているのがコチラ↓

人のいなかった元旦の本町~畳屋町

元は古い薬局店でした。「みのや薬店」と書かれた当時の看板を見ることができます。

とても雰囲気の良い蔵造りの店舗

こちらは空き店舗なので住居はまた別で必要ですが、こんな風情のある店舗を目抜き通りに借りること自体にちょっと憧れます。他にもシャッター店舗がいくつかあるので、下見で来た時に通りを歩いたら、もしかして新たな空看板が出ているかもしれませんね。


大友宗麟時代からあった商人町「畳屋町」

1500年代後半には既に存在していた畳屋町。下の地図で見ても分かるように、町の境界線は難解度が増します↓

本町のT布団店さんと悩みながら線引きした境界線

有力商人が多数いたこともあり、例えば臼杵初の郵便局や大分銀行ができたのも、畳屋町でした。現在は本町同様シャッター店舗が増えてきていますが、それでも仏壇屋、電器屋、お茶屋、呉服屋、パン屋、種苗屋、不動産屋など多種多様なお店が営業しています。


そんな畳屋町で空の貼り紙が出ていたのがコチラ↓

中の状況は全く不明ですが、期待膨らむ2階建て

元は歯科医院だったようです。大きさがかなりあるのでもしかしたら住居兼店舗でも可能な物件なのかもしれません。特徴として、斜め前に畳屋町市営駐車場(30分は無料)があり、お店の駐車場を持たなくてもいいような立地。また大通りからも近いので車で町なかに入り込まなくても出やすい場所です。

二王座の観光名所にも近く、観光客も見込めそうです。


辻住人の引っ越し先「田町」

江戸時代から臼杵市街地の中心地となる「辻」は元々菊屋町という名前だったそうです。資料によると1627年に辻エリアが臼杵城の要害兼塩づくりの浜となったため、そこに住んでいた人たちが立ち退き先として住んだのが「田町」だったそうです。結果菊屋町はその一部を本町に吸収され、その他は無くなったのでこの町の名前は現存していません。

辻住人の移転先となった田町エリアが下図↓

これまでと同じ地図を使うとかなり端の田町

現在でも住宅が多い地域ですが、見星禅寺という風情のあるお寺がり、観光地・二王座へのアクセスも良いエリアです。ちなみに見星禅寺では座禅体験が出来たり、こちらの住職が作る精進料理を近くにある星月庵(ミシュランガイド 熊本・大分 2018特別版に掲載)でいただくこともできます。


さて、そんな田町にある物件はまさに前述した見星禅寺正面の建物↓

見星禅寺の風光明媚な姿が正面に!

こちらは臼杵の空き家バンクの掲載物件でもあり、賃貸として出ています↓

臼杵市空き家バンク物件NO.122の詳細

1階店舗、2階住居にできる物件

こちらも前述した畳屋町の市営駐車場から徒歩2~3分位なので便利な立地といえます。近所には武家屋敷をリフォームしたカフェや民泊施設もあるので、アフターコロナで旅行者が戻ってくる時は人通りがあるのではないかと思います。


いかがでしたでしょうか?2回に渡って町八町のプチ情報と空き物件情報をご紹介しました。臼杵には空き家バンクにも不動産サイトにも出ていない物件がかなりあるので、下見の際には興味あるエリアを自らの足で見て回るのがおすすめです。町の雰囲気を知るのと同時に、物件探しも楽しんでみてください。


<参考書籍>

*1など各町に関する歴史について、今回は以下の書籍を参考にしました。全て臼杵図書館で借りることができるので興味のある方は読んでみてください。

1)臼杵市史(上) (平成2年発行)

2)ふるさとの思い出写真集 臼杵 (昭和59年発行)


【関連サイト】

臼杵市空き家バンク