臼杵マチナカ探検~希少建築と空き家物件を探す

臼杵市への移住を検討している方、臼杵市で物件探しを始めた(る)方にぜひしていただきたいのが「街歩き」です。


私が臼杵で過ごした昭和後期~平成初期と比べて、辻のロータリー(ラウンドアバウト)が無くなったり、三重塔の前の道がフンドーキン前の道と繋がったりと、現在は町の様子も建築物も多くが変わりました。さらに70歳以上の方に昔の臼杵市街地の話を聞くと、掛町に魚市場があったことや、唐人町と八坂神社の間に堀川があったこと、辻に市役所や郵便局の本局があった話などが出てきます。


そんな変化の見える臼杵市街地にも、長らく変わっていない大正から昭和にかけての希少な建物があり、それらがなかなか見ごたえがあるのです。そして建物探訪をしているとかなりの確率で遭遇する、空き家物件。


今回はカメラ片手に街歩き。希少建築で興味も満たしながら、空き家物件探しもできる臼杵市街地へ出発です! *お店等の敬称は省略させていただきます


希少な「3階建て木造建築」が残る唐人町界隈

戦後から1980年代まで、耐震や防火の観点から3階建て木造住居の施工に制限のかかった時期がありました。私の実家のある唐人町には「これはどう見ても戦前の作」という貴重な3階建て住居が2軒もあり、そのどちらも現役で活動中なのです。


最初にご紹介するのは鳥料理で有名な「ゆふ」(地図)↓

立派な建物を飲食店に改造して使用していますが、消防法などの規制から飲食で使用しているのは1階と2階のみということで、私も3階には上がったことがありません。移住して飲食店を開業する人は、保健所や消防署からのチェックがいろいろと入ってくるので、改造前、建築前に決まり事を確認することをお忘れなく。


ところで「ゆふ」の写真を撮っているこの場所(「ゆふ」のお向かい)、実は現在売り物件です↓

以前は「京屋」という料理屋さんがあって、かなり大きな物件です。2階は広間になっていて3階は住居という造りのようなので、自宅兼お店にしたい人にはもってこいの物件ではないでしょうか?


このように街歩きの途中で「売物件」や「貸地」などという看板をよく見かけるので、移住検討者にはぜひ街歩きをしていただきたいのです。


さて、もう1軒は喫茶店をしている「啄木茶房ふしみや」(地図)↓

このお店は明治の歌人、石川啄木ゆかりのお店。その「縁」というのがいかにも臼杵のおいさんがしでかした感じで笑えるのですが、その真相はぜひお店でどうぞ。


それにしてもこの希少な建物、元々は旅館だったそうです。雨戸の開閉がかなり大掛かりな作業になるため今は閉めていますが、これを開け放ってランタンでも灯したら、台湾・九份の一角のような素敵な建物なるのでは、といつも想像しています。


ふしみやを正面に見て左手には、これまた売り物件があります↓

以前、ブログでも紹介した(「忙しくて楽しい臼杵の夏休み」)、臼杵のかき氷の名店「仲松商店」です。2010年に閉店した物件で、こちらも住居兼店舗になります。


大正~昭和初期の看板建築が光る港町界隈

港町や城南界隈には「山田屋」「喜楽庵」といった臼杵を代表する老舗料亭があります。元々は海だった場所を埋め立てて造られたエリアで、全盛期には港町商店街をお店が埋め尽くしていたそうです。現在はシャッター商店街になっていて寂しいのですが、今なお残る建物から全盛期の名残を見ることができます。


こちらは大正~昭和初期に流行った看板建築の一つ(地図)↓

当時、多くの中小店舗が全ての造りを鉄筋コンクリートにはできなかったため、後ろは木造、表面は洋風にして、正面全体に看板の役割を持たせていました。そういったスタイルを「看板建築」といいます。大正の香りにドキドキさせられませんか?


そしてこの元家具屋さんの隣でも売物件を発見↓

こちらは個人向けではないですが、「臼杵で事務所を構えて何かしてやろう!」という野心家さんにおススメです。凄く大きな物件なので介護・福祉系などいいかもしれません。


同じく港町で大注目したい建物がこちらの大正10年に建てられた「理容 神矢」(地図)↓

80代のおばちゃんは、理容師としての仕事も趣味のグラウンドゴルフも現役で頑張っています。おばちゃん曰く、全盛期には港町だけで7軒もの理髪店があったそうです。「お店が少なくなって寂しいわぁ」と嘆いていました。


こちらは正式には看板建築ではないと思うのですが、大正生まれの素敵な建物です。驚くことに内部も大正時代のまま↓

こんなタイルの床、全国的に探してもなかなか見当たらないと思います。内装を少し変えたらすぐ「パリの理髪店」みたいになりそう。

この建物はぜひ後世に残していただきたいものです。


ラグビーW杯で来た外国人が激写しまくっていたモノ

先日大分大会が終了したラグビーW杯。臼杵市にはこれまであまり見なかったほど外国人、特に欧米の方が多く訪れていました。私が経営している民泊「USUKI TRAVEL GUIDE」にも試合の前後には外国のお客さんが宿泊していたのですが、彼らが激写しまくっていたモノがコチラ↓

居酒屋「吉兆」(地図)の側壁にあるタイル絵です。


以前、このビルにはスナックがテナントとして入っていたそうで、妖艶な女性が呑み助たちを誘っているような魅惑的なデザイン。昭和のイケイケムードが伝わってきます。


一本通りを隔てた久家本店のアズレージョタイルとはかなり趣が異なりますが、外国人にしてみたら「タイルアート通り!?」と勘違いしてしまうようで、久家の大蔵と共にバシバシカメラに収められていました。

この際本当にタイルアート通りにしてしまってはどうでしょうか?


臼杵に点在する魅力的な建築物

私の子供時代には風景の一部だった建築物も、27年ぶりに帰って眺めてみるとインパクトたっぷりというものが臼杵には本当にたくさんあります。こちらはその筆頭↓

フンドーキンの工場(地図)です。「やっぱ凄いなぁ」と唸ってしまう建物で、市外から来た人たち、外国人も一様に激写。


大林宣彦監督の映画にも登場したこちらは、やはり市外の人にもおすすめしたいスポットの一つ(地図)↓

昔はバイクも通っていたような気がしますが、あまりに古い木造建築の為、今では制限が入っているようです。


さらに驚愕なのが、この木造橋と並行して走る高架橋↓

もはや高架とは呼べない低さです!


子どもの時はここで「一人チキンレース」をやったこともありました。どこまで頭を下げずに踏ん張って自転車で通り過ぎられるか。今回、撮影の為にこの線路の下を徒歩でくぐってみましたが、本当にバカなことをやっていたなぁと痛感。この通りがまだ存在するということは、そんなバカをしてけがをした人がこれまでいなかったのだと思います。平成の賢い子供たちに感謝!


臼杵市街地にはまだまだ魅力的な建物や建築物があるので、私も27年ぶりの臼杵を満喫すべくさらに街歩きを楽しんでみようと思います。移住の下見で臼杵に来る方も、物件探しをしながらぜひ街歩きでたくさんの臼杵の魅力を発見してくださいね。


*次回のブログ更新は11月6日になります