八町大路火災からの復興 その5「他市の状況から学んでみる(前編)」
- 藤谷 愛
- 10月8日
- 読了時間: 4分
更新日:10月9日
昨年11月に起きた臼杵市中央商店街(通称八町大路)の火災。少し前に焼け後における史跡発掘調査が終わったようで、大きな穴が現在は埋め戻されています。この様子だと、それほど重要な史跡が出てきたわけではなく、やっと復興に向けての動きが始まるのではないかなぁと思っています。

地権者でもある被災者の思いを汲みつつ、今後100年に向けての町づくりも考えながらの復興・再建にはまだまだ時間がかかりそうです。
私は城下町の八町で生まれ育ち、現在もこの町で商売をしていることもあって、何か助けになる活動があればぜひ参加していきたいと思うし、今後も復興に頑張る商店街の人々の情報発信は続けていこうと思っています。
そんな中、先月3連休を取って福岡に行ってきました。目的は「水谷千重子50周年記念公演」(←1度は行ってみたかった!)を博多で観て、その帰りに小倉北区の旦過(たんが)市場の見学に行くこと。旦過市場といえば2022年の2度にわたる大火災です。当時は私もニュースで見て「え~、同じ場所でまた火事!?」とかなり驚いたことを覚えています。
臼杵と同様、100年以上続く商いの場が焼け落ち、その場所が今どうなっているのか?八町大路の火災後行ってみたいと思っていたのです。
今回はシリーズ「八町大路火災からの復興」でちょっと視点を変え「何か役立つことはないか」と見学しに行った、小倉北区の旦過市場レポートです。

小倉北区の「旦過市場」とは?
人口90万人を抱える北九州市。そのうち約18万人が居住する小倉北区の中心部は、JR小倉駅ビル(アミュプラザ)やその周辺に小倉城、井筒屋デパート、アーケード商店街などがひしめく繁華街エリアとなっています。

特に魚町銀天街と呼ばれる昔ながらのアーケード商店街は現在でも活気があり、1951年からのアーケードをSDGsの観点からも維持し続けています。その魚町銀天街の南側に位置するのが旦過市場です。JR小倉駅からモノレールで2つ目の駅。歩いても20分程度で到着します。

その歴史は大正時代に遡り、現在では「北九州の台所」と呼ばれ、地元の人や国内外の観光客でにぎわっている場所です。実際狭い通りにお店がごちゃごちゃと並び、店舗ごとの古さや個性がうかがえ、私もハマってしまいそうなほど好みの雰囲気です。しいて言うなら昔の別府駅高架下市場の雰囲気といったところでしょうか。

まずはこちらのパンフレットを見てください。
2022年に起こった火災(4月と8月の2度)では、この地図上の「再整備中」と書かれたエリアの左半分位と旦過青空市場と書かれている場所がそれぞれ被災しました。4月が42棟、8月が29棟だったので恐ろしい規模の火災だったことがうかがえます。実際訪れてみるとその焼失エリアに71棟がごちゃごちゃひしめいていたかと思うと、どれだけ消火が困難だったのかも、八町大路火災を目の当たりにした後では容易に想像できます。

しかしその老朽化や隣接する神嶽川(かんたけがわ)からの水害などの影響で、火災が起こる前から旦過市場の再整備計画はあり、現在着々と進行中です。計画通りに進めば、2026年中に4階建ての建物ができ、1階は旦過市場の商店、2階は飲食店街、3,4階は駐車場になるそうです。

かなりモダンな建物になるようで、そんな中でもどれだけ現在の市場が持つごちゃごちゃ感、個性、ワクワク感などが出せるのか、私としてはとても楽しみなので、来年また必ず訪れてみようと思っています。
旦過市場の人に聞いてみた
実際に旦過市場をぶらぶらしてみると、見たことのない練り商品が目に留まりました。
「カナッペ」です。
私の記憶の中のカナッペはその昔、女優の沢口靖子さんが出演していたナビスコ「リッツ」のTVCM。野菜やチーズがカラフルに盛られ、彼女が「こうやって食べるのよ」とフィンガーフードに慣れない昭和の人々に指南していたCMです。
しかし、九州北部各地のホテルの厨房や飲食店で昭和30年代後半から40年代前半にかけて働いていた私の父、Y雄・80才は、
「カナッペは薄い食パンに魚のすり身を薄~く挟んで揚げたもの」
と言うのです。
そして、旦過市場で発見したのはこの父のタイプ。しかしサイズ感が全く違います。
大きな円柱状の練り物を薄いパンでくるりと巻いたものなのです。

まじまじと見てもパンが巻いているなんて思いもしなかったので、お店の人の説明を聞いてびっくり。実食することにしました。
このあと文字数がかなりオーバーしそうなので今回はここまで。
次回、このカナッペの食レポと共に、カナッペを作っている店主さんに旦過市場について思うことをインタビュー。そちらをレポートいたします!
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